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 レベッカ・コスタ氏は著書『文明はなぜ崩壊するのか』(原書房)のなかで、社会の問題が複雑化し過ぎると人間の脳は理解が追いつかなくなる「認知閾(いき)」という状態に達し、以下のような非合理な思い込みや行動に走る傾向にあると述べています。

・反対はするが対策はない
・個人に責任を転嫁して問題を解決したと酔いしれる
・怪しげな因果関係に飛びつく
・物事の原因が不明でも何か一つにこじつける
・緩和策や応急処置に満足し根本問題を先送りする
・問題を細分化してより複雑にしてしまう
・行き過ぎた経済偏重行動をとる
・何もしないことを罪悪視する風潮になる
(翻訳者があとがきで追加したもの)

 どれも現在の日本のエネルギーの議論にぴったり当てはまるようで、もしかしたら私たちの社会は本当に崩壊のプロセスに向かっているのではないかと思ってしまうと恐ろしくもなります。

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「石炭は豊富にある」という常識が覆る:日経ビジネスオンライン

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番組は福島県川俣町からの生中継で始まった。

「ここはDASH村へ行くとき防護服に着替えるのに使わせてもらっている場所です」と、さらりと冒頭で伝えられたひとことが、心にチクリと刺さる。

福島第一原子力発電所の事故により、浪江町津島地区にあるDASH村は計画的避難区域に指定された。当初、この状況下で、しかもバラエティ番組の企 画として村を存続させることはできないだろうと思っていた。しかしDASH村企画は「村へ帰る」ことを目指して、村の農業指導担当の三瓶明雄さんとメン バーが全国各地をまわってさまざまな農業を学ぶという形で継続。並行して「村へ帰る」ための試行錯誤も始めた。なにごとも自分たちで実践してみようという 基本姿勢で村を開拓し、野菜を作り、米を作り、動物を育ててきたDASH村。現在、それとまったく同じ姿勢で、放射能測定や除染に取り組んでいる。

今回の特番は、村の現状レポートと、お世話になった浪江町の人々が暮らす避難所訪問、そして山口達也によるチェルノブイリ周辺で暮らす農家のレポー トなどで構成された。他の多くの3.11特番が情緒的・感傷的だったのと違い、しっかりと前を向き、一歩も二歩も歩き出しているように感じられたのは、 「当事者」が作っているからだろう。ひまわりによる除染もベラルーシの農家との対話も、番組作りのためのネタではなくて、自分たちの問題に直結している。 だから情緒的になっている暇はなく、芯の通った明るさに貫かれている。見ている側も、それに救われる。

雪が舞う中、屋外の駐車場にパイプ椅子を並べて番組を進めるメンバーたち。1年前まではDASH村の縁側に座って進行をし、最後は囲炉裏を囲んで温 かい食事をしながら番組が終わっていく、というのがいつもの風景だった。「村に帰るよ」という確固たる意志表明以外、言葉としてのメッセージはなくても、 こんなシーンから十分伝わることもある。(岩根彰子)

ザ!鉄腕!DASH!!「DASH村 3.11特別編」
3月11日放送 19:00~20:54
日本テレビ放送網

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毎日新聞 2012年04月01日 東京朝刊

 新学年が始まる頃になると、「マンドの奇跡」に思いをはせる。

 世界銀行での23年間、多種多様な職務に就いたが、何故かどこに異動してもパキスタンがつきまとった。 非人間的な貧困生活を初めて知り、想像を絶する貧富の差に強烈なショックを受けた国だ。民主主義を隠れみのに腐敗しきった為政者は、私腹を肥やすこと以外 は無関心。それを嘆くことさえ諦めた国民感情に、Failed State(破滅国家)となりうるリスクを察知した。貧困解消への糸口など見えず、パキス タンの未来に絶望感を抱き始めた頃、「マンドの奇跡」を知った。

 パキスタンで最も貧しい地域は、南西の片隅にあるバルチスタン。そのまた片隅のマンド村に、小学校から高校までの一貫校、マンド女学院がある。女学院の偉業に感動した人々が、誰からともなく「マンドの奇跡」と呼びはじめ、定着した。

 北にアフガニスタン、西にイラン、南にアラビア海を控えるマンド一帯は、半砂漠地帯。崩れ落ちた粘板岩 のゆるやかな起伏が、灰色の砂丘と重なりながら、見渡す限り延々と続く。人間が住むには適さないと見えるこの地に、ローマ帝国の迫害を逃れて来た民族が住 みついた。集落は、先祖伝来の地下水脈を外敵から守るように形成され、その中央にヤシの緑に囲まれたマンド女学院の白壁が光る。

 世隠れの歴史にイスラムの慣習が重なって、マンドの女衆は近年まで生涯外出を禁じられていた。女子教育などもってのほかだった村の女学院は、長老 ジャラル氏と家族一同の尽力のたまものである。創立1981年。クウェート留学を終えた娘たちを教師とし、家財を投じて塾を開いたのが始まりだった。「良 母は千の教師に勝る」と、村の男衆を説得したそうだ。

 96年、私が初めて訪れた時には、学齢期の女子全員が通学する一貫校に発展していた。ヨーロッパ諸国の 援助を受け、奨学金制度も整い、大学に進学する卒業生も増えていた。なかには、無医村に戻る夢を追って医大で学ぶ卒業生もいた。詳しくは拙著「国をつくる という仕事」(英治出版・09年)にあるが、優れた教育内容を目の当たりにして、まさに「奇跡」と感動した。

 しかし、卒業生の家々を訪ねながら草の根を歩き回って、恥を知った。「マンドの奇跡」は、教室の外に起きたことを指していた。全国各地で見慣れていた目を覆いたくなるような赤貧が、村のどこにも見あたらなかったのだ。

 ジャラル氏が、赤面する私を笑いながら、南アジア諸国のことわざをそらんじてくれた。「一人の男子に授ける教育は、一人の人間を教育する。一人の女子に授ける教育は、未来の世代をも教育する」

 氏が女学院を創立した動機が、村内の経済格差だった。農耕に適さないマンドの資産家は、隣国イランやアフガニスタンに農園を構え、村人の多くを小作 人に雇っていた。金持ちの息子たちはパキスタンの最大都市カラチや海外に留学し、女衆はもとより、貧しい村人のほとんどが、代々非識字のまま取り残され た。何世紀にもわたって貧富の差が拡大し続けるマンド村にも、他のへき地と同様に、イスラム過激派が忍び寄って来た。捨てるものは命しかない貧民の鬱憤に つけ込み、彼らを捨て身の神兵に徴募するためだ。

 村の未来に危機感を抱いたジャラル氏は、経済格差の根を絶つすべを、教育格差の解消に見た。「教育は人 生の選択域を広げ、未来への展望を開き、自助自立の貧困脱出を可能にする。まず良母からと女学院を始め、時間がかかると覚悟していたが、計算違いだった」 と、氏が笑った。

 効果は世代交代を待たずに表れた。勉学に励む娘たちは、兄弟の学習意欲を挑発するどころか、非識字を恥 じる父や母にも読み書きを教えた。村の識字率はあっという間に上昇し、衛生状態や栄養不良の改善を伴い、労働生産性の向上に直結した。小売業や、農耕機具 の修理・整備業など、自営サービス業を起業する村人も現れた。氏は「良母と娘は、千どころか、万の教師に勝る」と、高々と笑った。

 以来マンドに足しげく通い、村の目覚ましい発展に多くを学んだ。最後の訪問の時、ジャラル家の人々と夜を徹して語り合った。東の空がほのぼのと白 みかける頃、まるで国家の暗闇にも終止符を打つかのように、ジャラル氏が言った。「こんな国でも、金さえあれば、子供に良い教育を与えることができる。し かし、大枚を積んで買う教育を、良い教育だとは考えない。教育は国家社会のもの。個人のみのものではないからだ……」

 悲しいことに、日本も、金がなければ良い教育を望めない国になり下がってしまったように見える。悪化し続ける経済格差に教育格差が重なって、人生の選択域を狭められた2世代めが育ちつつある。

 教育格差を正す時は今だ。50年先の国の姿は、今日の子供たちに宿るのだから。

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今日は娘りなの言葉の話です。りなは、先月3歳になったばかりです。日本語とロシア語という二つの言葉が負担なのか、個人的な特徴なのか、しゃべり始めたのはつい2~3か月前です。しかも、しゃべり出したのはなんと、ロシア語ではなく日本語でした。

私たちが今いる環境はどう考えてもロシア語の方がよく耳に入ります。子供たちとまる一日一緒に過ごすベビーシッターもロシア人ですし、幼児教室も当然ロシア語です。りながしゃべる言葉はロシア語になるだろうと、私たち夫婦は当たり前のように思っていました。

 しかし、ふたを開けてみたら日本語でした。

 家族4人でいるとき日本語でしゃべっているから、それが決定的だったのかなと思います。やはり、この年齢の子供は家族の方が一番影響が大きいのでしょう。あ、そういえば、日本語の環境が足りないことを心配して、アニメなども、ロシア語よりも日本語の方がよく見せていたということもあるのかもしれません。

 さて、りながしゃべり出して困ったのは、うちのベビーシッターです。7か月からりなの面倒を診てくれているのに、ここに来ていきなり話が通じなくなってしまったのです。「そうか、この子、外国人だったのね~」とベビーシッターは頭をかかえてしまいました。

 ただ、言葉が通じないといっても、りなの方はベビーシッターのロシア語を全部普通に理解しています。問題は、返す言葉は全部日本語のみ!仕方がないから、ベビーシッターは「見て」「どこ」などの簡単な日本語を必死に覚えようとしました。しかし、大人は三歳児に追いつくわけがない。りなが日に日にしゃべる言葉が増えるから、ベビーシッターは日本語を覚えるのをあきらめ、息子のゆうき(7歳)に通訳を頼むしかなくなりました。こうして、「いきなり外国人になってしまった子」りなとベビーシッターの不思議な暮らしが2~3か月続いたのですが、4月に入ってさらなる変化が起きました。

 りなは、ベビーシッターは日本語が通じないことに気づき、ベビーシッターに対してだけ、ロシア語をしゃべるようになったのです。

 普段なら私とベビーシッターは同時にりなのそばにいることはほとんどないです。しかし、この前子供たちを予防接種に連れて行ったときベビーシッターも一緒だったので、興味深い場面を観察することができました。

 おもちゃのゾウさんをとってほしいと、りなは私に向かって「ママ、ゾウさん」と日本語で頼んで、そのすぐ後にベビーシッターに向かって ”няня, слон”  と同じ内容をロシア語で言いました。そういう「ダブル」のセリフはいくつも飛び出しました。ベビーシッターと話してわかったのは、4月に入ってぐらいからゆうきの通訳が要らなくなり、りなは必要なことを全部ロシア語で言えるようになったそうです。

 しかし、私に向かってロシア語を一切しゃべらないので、わが娘のロシア語を聞けたのは、病院に行ったそのときだけでした。そして、私が観察できた範囲で言うと、りなは日本語の方がロシア語よりもずっと上手です。たとえば、日本語で普通に「文」を言えるのに、ロシア語はまだまだ単語レベルでした。

 この年齢の子供は自分の周りに違う言語が存在していることをどこまで理解できるのかわかりませんけれども、少なくとも大人のように「論理的」にはわかってないと思います。となると、ほとんど「反射的に」使い分けている、そういうことになるのかな?

 それにしても、いったい何でロシア人の母親に向かってちっともロシア語をしゃべろうとしないのだろう?ゆうきとしゃべるときなど、ロシア語をしゃべっている私を毎日のように目の当たりにしているはずなんですけど・・・。

 ちょっとナゾです。

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娘の言葉:日本語とロシア語のどちらが勝つ???:ロシア駐在日記 (via petapeta)

(via clione)

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本気で痩せたい人がダイエットをするのに必要な正しい知識と方法

40過ぎると太るのは?
■食べすぎではなく代謝が低下している
 ・20代と同じ食生活でも40過ぎると太りだす
のは代謝が低下するから
 ・代謝が低下=エネルギーの消費量が落ちる
 ・消費量が減っているから食事量が同じでも太
りだす

■代謝が落ちるのは筋肉量が落ちていた
 ・毎日の消費エネルギーの6割以上が基礎代謝
 ・基礎代謝の6割が筋肉によるもの
 ・0.6×0.6=36%以上は筋肉によるエネルギー消費
 ・筋肉が落ち代謝が減り、脂肪が体に貯まって
しまう

してはいけない食事制限ダイエット
■食事制限ダイエットの問題
 ・食事制限をすると、脂肪が落ちても同時に筋
肉も落ちる
 ・代謝が減り、やせにくい体を作ってしまう
 ・筋肉が減った分代謝も減りリバウンドもおこ
しやすい

誰でも代謝の高い体になれる
■筋肉トレーニングで代謝が増える
 ・3ヶ月間筋トレをすれば、例外なく安静時代
謝量が増える
 ・平均7.5%向上し、カロリーでいえば150kcal
代謝量が増えた
 ・150kcal=毎日かかさず45分間ウォーキング
をする

効果的な運動方法
■有酸素運動よりも筋トレ
 ・有酸素運動では筋肉は増えないので代謝は変
わらない
 ・筋トレは運動中は脂肪は減らないが、代謝が
増える

■筋トレ⇒有酸素運動の順番
 ・体脂肪を消費するステップ:分解⇒燃焼
 ・筋トレをすると最も分解作用の強い成長ホル
モンが分泌される
 ・効果は最低6時間は続き、有酸素運度の効果
を高める
 ・成長ホルモンは有酸素運動をした後は著しく
低下してしまう
 ・筋トレで分解能力を高めてから有酸素運動を
するのが効果的

■鍛える部位
 ・コアマッスル(大きな背中、太もも、お尻、
お腹の筋肉)

■トレーニング頻度
 ・週2、3回が効果的

■鍛え方
 ・スロートレーニング(軽い負荷でゆっくり動
作する)

■有酸素運動
 ・心拍数を110から120でおこなう

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一生太らない体のつくり方(石井 直方)のまとめ 〜 本の要点まとめサイト【ブクペ】 〜 (via edieelee)

(via clione)

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「あんな新聞書いてる人間なんか、神経図太いに決まっているだろう」とツイッターで書いていた人がいたけど、神経図太かったら、僕の人生どれだけ楽しいやら。本当なら今日は藤井のラーメンを食べに行くつもりだったのだけど、食欲は出ないし、朝からずっと手が震えてるし、とてもじゃないけど外出の気分にはなれず、ずっと家でぼーっとパソコン眺めてました。今も軽く吐き気を催しています。

● 騒動に関しては、昨日に引き続き、いろいろなところで取り上げられてしまって、トップページのアクセスが過去最高の10万にまで達しました。これが良い評判で集まった10万ならこれほどありがたいことはないけれど、もちろん批判するのが目的で見に来ている人もいるはずなので、早く通常の1万程度に戻ってほしいです。いつまた火の手が上がるかわからない状況にヒヤヒヤしながら楽しい記事なんて書けません。

● まあ、今回の件に関しては、ツイートやいただいたメールを見る限り、応援してくれている人が大半なのですよ。でも元々は橋下市長の記事が発端だったのに、今日になって「そもそも虚構新聞の存在についてありやなしや」に論点が移っていって、当の僕自身が「いや、作って8年目の今更そんな議論になっても・・・」と困惑している次第です。

● そもそも虚構新聞って、記事のリンクを開いて虚構新聞だったときのガッカリ感、逆に「これは虚構新聞だろう」と思って開いて本当にそうだったときの勝ち誇った感を味わうような、僕と読者との一種のゲームだったのですよね。昔なら「くそー、釣られたー」か、「虚構新聞余裕でした」の反応をちまちま見ながらほくそ笑んでいたのだけど、最近は人が増えたせいか、本気で怒り出す人が「虚構新聞つぶれろ」とか「死ね」とか言い出すようになって、気持ちが滅入ってしまうことも多かったです。

● どこぞのブログが僕を名乗って「虚構新聞、閉鎖します」とかいう余計にややこしいことを拡散させたせいで、ツイッターが軽く再炎上したけど、閉鎖はともかく、状況が落ち着かないことには、執筆もろくにできないし、そもそもの本業である寺子屋にまで影響しかねません。なので、ちょっとパソコンから離れて、外の空気でも吸ったほうがいいかもしれないです。

● 今の気持ちは本当に「悲しい」の一言に尽きます。ネット言論って良くも悪くも自由で、僕みたいな田舎の片隅からでも広い社会とつながりあえることがうれしかったのに、最近はちょっと息苦しくなってきたようにも思います。コミュニティの成熟と捉えるべきなんだろうけど、ツイッターという数の力に押しつぶされそうで、それが怖くて悲しいです。

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メインページ(楠木坂コーヒーハウス) (via otsune)

(via clione)